​聖書のみ、信仰のみ、恵みのみ。

1517年10月31日、ルターが『95箇条の論題』を打ち付けた。

 当時の教会では、買うだけで罪の償いが赦される「贖宥状(しょくゆうじょう)」が出回り、正しい信仰のあり方が失われつつありました。そこで、ドイツの神学者マルティン・ルターはそのような教会のあり方を、ヴィッテンベルク城門に『95箇条の論題』を公然と打ち付けることによってで批判し、教会の改革へと取り掛かりました。人は行いによって義とされるのではない。信仰だけによって義とされ、救われる。これが「宗教改革」です。こうして生まれたのがルター派教会、すなわちルーテル教会です。ルーテル教会はドイツを中心に、北欧やアメリカ、そして日本にも広がっていきました。

Luther95theses.jpg

​フェルディナンド・パウエルス 画 1872年

ルターはキリスト教を、民衆のものへと改革した

 そのころの教会の公用語はラテン語でした。もちろん民衆にはさっぱりわかりません。ミサでは司祭が唱える意味のわからない言葉を聞くだけでした。だからこそ、ルターは聖書を「俗語」であるドイツ語へと翻訳ました。また、それまでは聖歌隊だけによって歌われていた聖歌を、誰でも歌えるドイツ語の親しみやすい讃美歌に整え、キリスト教を民衆のものへと変えていったのです。讃美歌「神はわがやぐら(ドイツ語:Ein' feste Burg ist unser Gott)」はルターの作詞作曲によるものです。

​1534年出版のルター訳聖書

einfeste.jpg

「神はわがやぐら」のネウマ譜手稿。右下にルターの署名が見える。

ルーテル教会は、音楽をたいせつにする。

 有名な作曲家、バッハやメンデルスゾーン。彼らはルーテル教会の信徒であり、たくさんの教会音楽を作曲しました。聖書とともに音楽を愛し、大切にしたルター。彼の宗教改革は西洋音楽に絶大な影響を与えました。ルーテル教会は音楽をとても大切にしています。

 ルターが作曲した讃美歌「神はわがやぐら」は、バッハによってカンタータ第80番「われらが神は堅き砦」に、メンデルスゾーンによって交響曲第5番「宗教改革」へと編曲されています。

Bach.jpg

​ヨハン・セバスティアン・バッハ

​フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディ

bachscore.jpg

​バッハのカンタータ第80番「われらが神は堅き砦」の自筆譜

4アセット 1@3x.png

紋章「ルターの薔薇」

 ルターが彼の著書や自邸で用いていた紋章が上の「ルターの薔薇(ルターローズ)」です。この紋章には「薔薇の上のキリスト者の心臓は、十字架の真下にあるとき脈打つ。(ドイツ語:Den Christenherz auf Rosen geht, wenn's mitten unterm Kreuze steht.)」という表題が付けられています。

 黒い十字架は「キリストの死と復活」、赤いハートは「キリストへの信仰」、白い薔薇の花は「慰めや平和」、地の青は「天の喜び」、金色の輪は「永遠なる高貴な救い」を表しています。

ルーテル教会の信条

使徒信条

天地の造り主、全能の父である神を私は信じます。
そのひとり子、わたしたちの主 イエス・キリストを、私は信じます。主は聖霊によってやどり、おとめマリヤから生まれ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死んで葬られ、陰府に下り、三日目に死人のうちから復活し、天に上られました。そして全能の父である神の右に座し、そこから来て、生きている人と死んだ人とをさばかれます。
聖霊を私は信じます。また、聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪のゆるし、からだの復活、永遠のいのちを信じます。

ニケア信条

天と地と、すべての見えるものと見えないものの造り主、全能の父である唯一の神を私は信じます。
唯一の主 イエスキリストを私は信じます。主は神のひとり子であって、すべての世にさき立って父から生まれ、神の神、光の光、まことの神のまことの神、造られたのではなく、生まれ、父と同質であって、すべてのものは主によって造られました。主は私たち人間のため、また私たちの救いのために天から下り、聖霊により、おとめマリヤから肉体を受けて人となり、ポンテオ・ピラトのもとで私たちのために十字架につけられ、苦しみを受け、葬られ、聖書のとおり三日目に復活し、天に上られました。そして父の右に座し、栄光のうちに再び来て、生きている人と死んだ人とをさばかれます。その支配は終わることがありません。
主であって、いのちを与える聖霊を私は信じます。聖霊は父と子から出て、父と子とともに礼拝され、あがめられます。また、預言者をとおして語られました。
唯一の、聖なる、公同の、使徒的な教会を私は信じます。
罪のゆるしの唯一の洗礼を私は受けいれます。死人の復活と来たるべき世のいのちを待ち望みます。

​その他の信条についてはこちら(JELCホームページ)をご参照ください。